五稜郭

所在地 函館市五稜郭町 

見学日 2010年5月17日その他にも1度 

 北海道で一番有名なお城です。函館は安政2年2月幕府の直轄領になります。函館が貿易港として開港されることになり、函館奉行所が設置されます。
そして函館の港と町を守るためにこの五稜郭が築かれます。西洋式の要塞で星型の形をしていたため五稜郭と云われます。元治元年(1864)に完成したこの城は、洋学者武田斐三郎が設計・監督をしました。
五稜郭は外国からの侵略を防ぐために築かれましたが、実際の戦闘は戊辰戦争で使用されます。旧幕府軍の榎本軍が函館北方に上陸し、新政府軍を追いだしてこの五稜郭を占拠します。
新政府軍は明治2年4月に江刺に上陸し、榎本らの旧幕府軍に攻撃をかけます。旧幕府軍も函館を中心に各地で防戦を行いますが、最後は五稜郭を明け渡して新政府軍に降伏します。

    定番の五稜郭タワーからの写真です。全体像を見るには最適です。1階には土方歳三の銅像もあり、またショップには新撰組関連のお土産品も多くあります。ここから見てから五稜郭をまわるのか、まわった後でここから眺めるのか、見る価値はあります。
    五稜郭内にあった函館武奉行所です。2010年5月は復元工事中でしたが、その年に完成し現在は内部の見学可能です。木造で復元されていて内部も復元されて、函館奉行所の歴史関係の資料等を展示しています。
    南側の正面の門を入った近くの石垣上から見たところです。遠くに見えるのが正面入り口の道路です。
石垣は忍び返しで、上から2段目の石が少し出ているのが分かると思います。
    五稜郭の土塁を内部から見たところです。土塁ですがご覧のようにかなりの高さがあります。
    北側の虎口(門跡)です。
五稜郭はその先端に大砲を設置し、向かってくる敵に十字砲火を浴びせられるように造られたそうです。
大砲の攻撃を考えて造られましたので、全体的に高いものは狙われやすいので、このような形になったようです。ちなみにヨーロッパでもこのような形の要塞はありました。

参考 現地説明板 「日本の名城・古城もの知り辞典」(監修小和田哲男 主婦と生活社) 

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