上之国勝山館

所在地  上ノ国町字勝山

見学日  2010年5月16日 

 勝山館は蠣崎季繁の娘婿武田信広(松前氏初代)が1470年頃に築いた山城です。
1551年頃、日本海側の「蝦夷地」と「和人地」の境界は上ノ国あたりまでと定められていました。勝山館の南東約800メートルの所に花沢館がありこの二つの館で、上ノ国の集落を守っていたと思われる。
勝山館跡からは数多くの陶磁器等が発掘されています。また館の中では、鉄製品や銅製品などが製造されていて、交易にも役立ったと思われています。勝山館下の大澗や天野河口には、沢山の交易船が集まり、日本海交易の中心地として繁栄していたと思われます。 


     近くに勝山館跡ガイダンス施設があり、駐車場もありますたので、こちらで資料等を見てから見学すると良いと思います。
写真は館後ろ側の搦手の門があったところで、その手前の空堀には橋が架か
っています。
    館の中央には幅3.6メートルの道路があり、道の両側に100〜150平方メートルの敷地が造られ、そこに住居などが建てられていました。
     館跡では掘っ立て柱式の建物跡が200棟分ほど見つかっているそうです。
館の主等が使用していたと思われる畳敷きの建物や主が来客と対面した建物と思われるものもあります。
    館は写真のような木柵で囲われて守りを固め、その前は深さは8〜10メートルの堀で守っていました。

参考 現地説明板、ガイダンス施設のパンフレット。 

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