四稜郭

所在地 函館市陣川町 

訪問日 2010年5月 

 函館のお城では五稜郭が有名ですが、この四稜郭は五稜郭の背後(北側)を守るために造られました。 
地元の言い伝えによると、旧幕府軍200名と地元の村民100名を動員して、昼夜兼行で工事を急ぎ数日間で完成させたそうです。
郭内は約2300平方メートルあり、4隅に砲座を設けましたが、建物は造りませんでした。

 明治2年5月11日、新政府軍の岡山藩、徳山藩が四稜郭の攻撃を始めました。
旧幕府軍も守っていましたが、長州藩が四稜郭と五稜郭の間にある権現砲台を占拠すると、退路を断たれることを恐れて五稜郭へ敗走します。

 

    南側の虎口です。中が見えないように、また直進出来なくするために正面に土塁があり、道は直角に曲がります。
    昭和44年〜47年度にかけて土塁の修復整備を行い、また平成2年度に休息所等の整備をしています。
写真は土塁を外側から見たところです。
   土塁上から見たところで、左側が内部になります。四隅は大砲を運ぶため、土塁の上まで緩やかな坂道になっています。

参考 現地説明板 

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