飯高城

所在地  匝瑳市八日市場字城下  飯高檀林(当時の日蓮宗大学)にあります。
見学日  2010年11月23日 

 この地飯高は鎌倉時代中期から南北朝にかけては、千葉氏と同族の飯高氏の所領でした。飯高氏がここを教城としたのかは分かりません。
戦国時代には、匝瑳北条荘の地頭の平山常時が、ここを居城にしたと伝えられている。
日蓮宗に帰依していた常時は、天正8年81580)日生を招き城内に寺を造り、、日蓮宗の檀林(学問所)とした。飯高寺は天正19年に徳川家から日蓮宗の根本檀林として公認され、以後徳川家の保護を受けてきました。 

    この石段の上が飯高城になります。階段上に見えるのが総門です。お寺になってから造られた石段でしょうが、慶安4年(1651)の建築のようですので歴史は古いです。
    4郭と5郭を分ける空堀です。それほど深くはありません。
白く見える上の道路は、城の土橋だったのでしょうか。
    飯高寺の講堂です。慶安3年(1650)に火災にあい、現在の建物はその翌年に建てられたものと云われています。
講堂のあるところが2郭です。
    飯高城の一番奥(北)にある主郭の土塁です。この曲輪の土塁は北側が一部残っていませんが、その他は残っていて一番城の遺構が分かるところです。通常は土塁と空堀はセットであるものですが、ここには空堀はありませんでした。

参考  現地説明板等  「東総の城郭と居館跡」(高森良昌・椎名幸一著 秀英社) 

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