勝見城

所在地  長生郡睦沢町寺崎字城之内 現在城跡はやすらぎの森となっていて遊歩道もあります。
見学日  2010年12月20日

 勝見城は、平安末期から鎌倉時代初めに上総で勢威を振るった上総広常の弟金田氏の居城と云われるが、その確証はない。遺構は戦国時代のものであり、戦国末期に長南武田氏抱えの三ヶ城の一つであった。武田氏の一族か有力家臣がいたものと思われる。城の構造から見ると16世紀後半、天正18年段階まで存続していた可能性が高いそうです(「長生の城」小高春雄著)。

    城は逆L字の峯からなっていて、その逆L字の付け根が写真の歓喜寺になります。
この歓喜寺裏手から北側に伸びる尾根筋と西側に伸びる尾根筋に堀切があります。またその尾根筋には、いくつかの腰曲輪が造られています。その腰曲輪の最大の広さがあるのが、ここ歓喜寺になります。
    北側に伸びる尾根筋のすぐ東側の曲輪です。尾根筋に近い曲輪では一番大きいので主郭と考えられています。裏側には妙見社の碑がありました。
    北側の尾根道をさらに進むと、写真のような平坦地(見張り台)があります。
    上の写真の先の道をさらに進みます。一番北側の平坦地(見張り台)です。
    もう一度歓喜寺まで戻り、今度は西側の尾根道を進みます。
    尾根道の南側の麓にある曲輪を上から見たところです。

参考  現地説明板等  「長生の城」(小高春雄著 正文社)  「図説房総の城郭」(千葉城郭研究会編 国書刊行会) 

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