小西城

所在地  大網白里市小西
見学日  2010年10月23日 発掘調査説明会でした。この他にも2回行っています。

 首都圏中央連絡自動車道の建設のための発掘調査による説明会でした。
小西城は、戦国時代(15世紀後半〜16世紀)の城で、千葉氏の重臣の原氏の一族が城主で、小西原氏と呼びます。16世紀の房総は戦国大名小田原北条氏と安房の里見氏の勢力争いの中にありました。大網・東金一帯は、同族である土気城の酒井氏と東金城の酒井氏が領有し、北条・里見と同盟離反を繰り返していました。北条方の小西原氏はこの両酒井氏に挟まれながらも小西城に拠点を置いて戦国時代を生き抜きました。以上は現地説明会の配布資料による書き込みです。 

    最初に行ったのは2006年3月でしたが、この時には本城と呼ばれる主郭部分も藪状態で土塁のあるところをまわったのですが、全く形が分かりませんでした。
発掘調査されている所を見たときには、綺麗に樹が無くなりあまりの変貌に驚きました。
写真は、中城と外城の間にある空堀です。
    発掘調査説明会は前年にも行われていますが、今回の方が全体像が良く分かります。
写真は中城から本城を見たところです。急な本城の切岸による深い空堀が良く分かります。切岸が急なために、写真左側中央に一部崩れおちている所があります。堀は3回造成されたそうです。
左がわは、本城の一部を飛び出させて、右側上にある城の入り口に横矢を掛けています。
     本城の内部です。北と西側に土塁があり、高さは約2メートルあります。
    左側は本城で、右手に伸びる土塁は中城から伸びているもので本城へ入る通路にもなっています。
この細い通路を一列で人を通して、本城の土塁上から攻撃するようです。
    中城南側の空堀です。
    中城の空堀で、手前側が虎口になっています。
 道路が出来てからは行っていませんので、現状がどのようになっているのかは、分かりません。

参考  当日配布資料  「図説 房総の城郭」(千葉城郭研究会編 国書刊行会) 

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