佐倉城

見学日 2006年6月3日(それ以外にも近いので3回くらい行っています) 単独
場所 佐倉市城内

 佐倉城は千葉県を代表するお城です。以前ニフティの城郭フォーラムで各都道府県を代表するお城は何処かと言う投票がありましたが、その際に千葉県は、佐倉城になりました。建築物は残っていませんが、大きな空堀や水堀それに土塁などを見ることができます。
 佐倉城は、戦国時代中ごろに千葉氏の一族の鹿島氏が築いた城で鹿島山城とも云われていました。後に徳川家康が、この地の要害に着目し、土井利勝に命じて1611年から7年間を費やして佐倉城を造りました。以来徳川幕府では、江戸の守りとして老中格の譜代大名を封じました。
 佐倉城は、鹿島川と高崎川合流点を見下ろす標高約30メートルの台地上に、西側から本丸、二の丸、三の丸と配置され、それぞれ空堀と土塁によって区分されています。佐倉城は規模の大きな城ですが、石垣はなく土でできた土塁の城です。
佐倉城は、現在は城址公園となっています。またその曲輪跡には、国立歴史民俗博物館があり、全国各地の博物館の展示品の出版物や歴史の本などを販売しています。

 大手門跡を通り過ぎてそのまま行くと、道の左側に写真のような三の丸前の空堀が見えてきます。底は浅くなってしまっていますが、堀の幅はかなりあります。
 本丸へ入る手前の本丸の土塁です。この右側には本丸に入る一ノ門(正門)がありました。二の丸から本丸へ入る門にはこの門のほかに、台所門がありました。
 本丸へ入ったところです。後ろの木のあるところが土塁になっています。本丸の土塁上には天守閣と銅櫓、角櫓が建っていました。
 本丸にある天守台のあった所です。写真ではちょっと分かりにくいのですが、上下2段になっています。段差のある天守台は珍しいものだと思います。天守閣は焼失しその後は再建されませんでした。
本丸にはこの天守台のほかに、近くに銅櫓の土台もあります。この銅櫓は江戸城から移築されたものと云われています。
 写真は天守台にあった天守閣の模型です。大手門跡を入り、三の丸手前の自由広場にある案内所に展示されています。ちょうど上の写真の土台の上に建っていました。土台が上下2段になっているのがこの模型からも分かります。
 案内所には、上記模型のほかに佐倉城についての古写真や説明等が展示されています。また、佐倉城址公園のパンフレットもありますので、見学前に寄っていくと良いです。
 本丸の南西にある出丸跡と水堀です。出丸跡は周囲は土塁で囲まれています。この写真の出丸跡の他に本丸の北側にもう一つで丸跡があり、本丸を囲む水堀は二つので丸跡を結んでいます。
 本丸の南西から北にかけてある帯曲輪跡です。この曲輪の下(写真右側)には、水堀があります。

参考 現地説明板等
    「図説 房総の城郭」(千葉城郭研究会編 国書刊行会) 

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