津辺城

所在地  山武市津辺  最寄駅 JR成東駅
見学日  2011年2月4日  津辺城の場所は分かりにくいところです。1度目は見つけることが出来ませんでした。

 誰が築いた城なのかは良く分からない城ですが、縄張りからは天正期以降の城だとされています。「山武の城」(小高春雄著・編集発行)では、徳川譜代の石川康通が天正18年2万石で成戸に入った時に新たに築城したものとしている。その理由としては津辺城の構造的な特徴は近世的であることを挙げている。
石川氏は関ヶ原後の慶長7年(1602)に美濃大垣へ移り、津辺城は廃城になった。

    最初は場所が分からず、2度目も入り口が分からずうろうろして、地元の方に聞いて着くことが出来ました。
津辺公民館へ向かう道を右に曲がる曲がり角です。公民館は写真左側の方向100メートル先にあります。
    右手の登り坂が城への入り口です。写真右手側が城域に入っています。
    草がありちょっと分かりにくいですが、要害と呼ばれる二の丸へ入る虎口と手前が土橋です。
2013年に再訪した時には、もう少し整備されて写真よりは分かりやすくなっていました。
    要害を守る空堀です。やはり写真では分かりん杭ですがかなりの深さがあります。
    本丸の虎口です。空堀が入り食い違いになっています。

参考 「山武の城」(小高春雄著・編集) 

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