後閑城

所在地  安中市中後閑  城跡は公園として整備されています。近くには駐車場やトイレの設備もあります。
見学日  2009年11月15日 歴史探偵倶楽部のツアー参加、その他にも2011年に行きました。

 

 歴史探偵倶楽部の当日配布の資料から書きます(講師は外川淳氏)。
嘉吉年間(1441ころ)、依田忠政によって築かれたと伝えられる。弘治2年(1556)には新田信純の領地となる。永禄2年の上杉謙信が西上野に及ぶと、新田氏は甲斐に亡命する。箕輪城が甲斐武田氏の攻撃で落城すると、武田信玄は新田氏を後閑城へ復帰させる。武田氏滅亡後は、北条氏へ帰属する。
天正18年の豊臣秀吉の小田原攻めで、後閑城は北国勢により攻略される。、

    西郭下の広場から西郭本丸を見たところです。公園として綺麗に整備されて案内板等もあります。
    本丸から北郭を見たところです。
    本丸と北郭の間の堀切です。
    段々畑城に並ぶ北郭を見下ろしたところです。左側が堀切となっています。
    二の丸の復元した櫓台です。発掘調査から柱跡があったそうでです。

参考 現地説明板  当日配布の資料 

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