茅ヶ崎城

所在地  横浜市都筑区茅ヶ崎東2丁目   センター南駅より徒歩約12分
見学日  2010年11月13日 この他にも6・7回行っています。

 茅ヶ崎城は発掘調査の結果では、築城年代は14世紀末〜15世紀前半頃と考えられます。築城当初は、東西2つの郭のみでしたが、15世紀後半には西郭、中郭、東郭、北郭の4つになったと考えられます。この頃は関東管領の上杉氏がこの相模国と武蔵国を支配していますので、その支配下の城であったようです。16世紀中ごろには、後北条氏独特の築城方法で防備の強化がなされています。この頃の城主として後北条氏の家臣団で、小机衆のうちの座間氏や深沢備後守と云う説があります。小机城の支城として機能していたと思われます。 

 

    正面に見えるのは西郭、左側が中郭です。写真のように整備され、説明板も多くありとても見学しやすいように整備されています。
     西郭の内部です。北側に面する土塁があります。西郭は平ではなく、南側が一段高くなっています。
    写真真ん中は、東郭から中郭へ入る土橋です。東郭がこの城の主郭と考えられます。東郭から中郭へ入るのは容易ですが、その逆は急坂になっています。東郭はこの城で最も高い位置(平地から35メートル)にあり街道筋を見渡せる場所にあります。
    東郭の南側にある虎口(出入口)です。侵入されないために細くしたり、曲げたりしています。
この時代は、城主うや重臣たちは城の中で生活するのではなく、根小屋と呼ばれる城の麓に住んでいます。茅ヶ崎城では城の南と東側に根小屋があり、いつもはそこに住んでいて、いざ戦の時に城にこもりました。
    中郭の内部から見たところです。写真のように土塁がまわっています。
中郭には多数の柱穴が見つかり、倉庫がいくつかあったようです。
    北郭です。写真は南側から見たところです。
北郭では井戸跡があり、直径4メートル深さ5メートルの大きさでした
    東郭の北側にある腰郭です。写真右側に高くなっているのが東郭です。

参考 現地説明板等 

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