武茂城

所在地  那珂川町馬頭字馬場東  馬頭郷土資料館に車を駐車して行きました。
見学日  2015年3月21日

 馬頭郷土資料館に武茂城の鳥瞰図と模型が展示されています。そこを見学してから城へ向かいました。菩提寺の東側と西側に城域が広がります。
今回は武茂本城と云われる西の城を見学しました。東側には行っていません。
 武茂城は宇都宮氏の一族武茂泰宗が正応・応仁年間に築城したといわれている。
永禄年間(1558〜1570)には、常陸佐竹氏の下野進出に伴い武茂氏は佐竹氏に属して、那須・佐竹氏の抗争に重要な役割を果たしている。
慶長4年(1599)、武茂氏は那須氏に内通していた疑いで領地を没収され、武茂城は佐竹家臣の太田氏が武茂城に入る。
関ヶ原の戦いの後、佐竹氏は秋田へ移封となり、武茂城は廃城となる。
 

    馬頭郷土資料館のすぐ北側に登り口があります。この階段右手には武茂城の説明板があります。
武茂城は、武茂氏の菩提寺の乾徳寺の東側と西側に城域があります。西の城は古くから城として知られていましたが、東の城はあまり知られていません。
    上の写真の階段を登った所が曲輪になっていて、そこにあるのが写真の静神社です。曲輪はこの右手の方にも伸びています。
また、神社の西側には腰曲輪があります。
    静神社の右手にある登り口で、ここを登って二の郭へ行きます
    二の郭から本丸へ入る虎口です。土橋になっていて両側は空堀です
    本丸と二の郭を区切る空堀です。右側が本丸の切岸です。
    本丸奥にある鳥居です。鳥居の奥は一段高くなっています。
城は静神社のある郭、二の郭、本丸と南から北に峰沿いに続いています。
    本丸東側の空堀です。右手が本丸の切岸です。空堀と土塁が良好に残っています。

参考  現地説明板等  「とちぎの古城を歩く」塙静夫著 下野新聞社) 

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