佐久山城

所在地  大田原市佐久山  城跡は御殿山公園になっています。城に中には佐久山城の説明板等は1つも見ませんでした。
見学日  2015年3月21日 2度目になります。鳥羽弘樹氏が作成した縄張図を持って見学しました。

 佐久山小学校の裏手の山が佐久山城です。城跡は公園として整備され遺構も良く分かります。
佐久山城は文治3年(1187)高館城主那須資隆の次男泰隆が佐久山に分封されると佐久山氏を名乗り、築城したと伝えられている。
以後は佐久山氏の居城となるが、永禄6年(1563)佐久山氏は福原氏と争い敗れて、入江野城へ逃れ、廃城となった。
その後福原氏は、江戸幕府の旗本として当地を支配し、元禄年間に廃城となっていた佐久山の麓に陣屋を構え、幕末に至る。 

    城のすぐ北側が佐久山小学校で、城の東側が御殿山公園の入口になっています。この御殿山公園から登りました。
写真は本丸です。後ろに高くなっているのは、本丸の西側の土塁です。
    本丸北側の土塁の隅は広くなっていて櫓台があったと思われるところです。写真はその下の空堀です。左に見えるのは土塁でかなりの高さになっています。
    上の写真は空堀から北側を見たところですが、この写真は反対の南側を見たところです。こちらは土塁が無くなり、帯曲輪になっています。
    二の丸です。バラ園(?)にでもなっているようです。こちらの曲輪の方が本丸より高くなっています。
鳥羽氏の縄張り図では、その為か本丸、二の丸に(?)の表示があります。
    二の丸の右手には、2重の土塁があります。藪状態で分かりにくいのですが、写真の左と右の高まりが土塁です。
この土塁は50メートルほど続き、空堀によって終わります。空堀の先には2段の腰曲輪があります。

参考  「とちぎの古城を歩く」(塙静夫著 下野新聞社) 

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