神戸(かんべ)城

所在地  鈴鹿市神戸   神戸高校となりで神戸公園になっています。
見学日  2010年8月1日 

 神戸城は神戸氏の居城で天文年間に築城されたといわれています。永禄11年(1568)、神戸具盛は織田信長の侵攻により信長の3男信孝を養子に迎え、和睦した。
天正8年(1580)、信孝は神戸城の修築に着手し、五重の天守を建てたといわれる。天正11年賤ガ岳の戦いで豊臣秀吉と敵対した信孝は、自害する。
関ヶ原の戦いの後、神戸城は一柳直盛、石川氏が入り、享保17年(1732)に本多忠総が入封する。忠総は、3年の歳月をかけて神戸城を再築城した。以後明治まで本多氏が城主を務めた。 

    神戸城は本丸と本丸にある天守台がが残っています。
写真は本丸にある天守台です。野面積みで傾斜もゆるく織田信孝時代の石垣だとされています。
    天守台に登って天守台から見たところです。
織田信孝が建てた天守閣は、文禄4年(1595)桑名城に移され、その後は江戸時代を通じて天守閣は造られませんでした。
天守台には、明治9年10月に造られた碑があります。
    写真は、本丸の石垣です。
明治8年に、城の建物等は解体されたと云われます。
    本丸の土塁です。
    本丸の西側には、水堀が残っています。堀幅は狭いので、埋められたのだろうと思います。

参考  現地説明板等  「三重の山城ベスト50を歩く」(福井健二・武田憲治・中井均編 サンライズ出版) 

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