葛尾城

所在地  長野県坂城町大字坂城
見学日  2007年9月16日 歴史探偵倶楽部のツアーに参加しました 

 北信濃の有力武将村上義清の居城です。村上義清は勇将として知られ、特に甲斐の武田信玄を2度も戦で破った男として有名です。村上義清が武田信玄と戦い勝利した戦いは、天文17年(1548)の上田原の戦いと天文19年(1550)の砥石合戦です。
葛尾城は、村上氏が村上郷から坂城郷へ本拠を移した元中元年(1384)又は応仁年間前期(1467〜69)に築城されたと云われますが良く分かってはいません。その後村上氏の居城として続きますが、天文22年(1553)武田軍が村上城の攻略に向かうと、村上家の重臣の屋代氏や塩崎氏が武田方に寝返り、村上義清は戦わないで陥落します。その後一度は城を奪い返しますが、村上城を保つことは出来ず、塩田城へ入ります。しかしその塩田城も武田軍の侵攻により、戦わずに脱出して越後の上杉謙信を頼ります。

    当日は背後の山手側から主郭を目指しました。写真は分かりにくいと思いますが、高さ約1.5メートルほどの石垣です。平らでそれほど大きくない石を積んでいます。
    写真はやはり分かり肉と思いますが、堀切を見下ろしたところです。写真の高さから険しい地形を利用して城が築かれたのが分かると思います。
    写真は堀切の底です。写真が何処の堀切だったかのかよく分かりません。
    主郭です。城の最高所で、高さが805メートルです。
    上の主郭からさらに進んで、葛尾城の出城の姫城です。写真は姫城の主郭です。
葛尾城から姫城まではかなり疲れました。

参考  当日の歴史探偵倶楽部の配布資料(講師は外川淳氏) 現地説明板等
     パンフレット「信濃の名称 村上義清」(信州 坂城町観光協会」

城の目次へ戻る 

トップへ戻る