岡崎城

                       


見学日 2000年8月7日 単独
所在地 愛知県岡崎市康生町・・・・いかにも家康が生まれたというような地名です。(^-^)

 雑誌などの写真で見るとドッシリ落ちつている天守閣ですが、平山城とは言ってもそれほど高くはない丘の上にあります。
この城は、西郷氏が築き、その後松平氏の城となります。この松平氏は後の徳川家で、徳川家康の祖父から家康まで、3代の居城でした。しかし1549年、家康の父松平広忠が刺客によって暗殺されると、家康は人質となっていましたので、今川氏の管理する城になります。その後1560年、桶狭間の合戦で今川氏の当主今川義元が織田信長に討たれると、松平家康は岡崎城に帰り自立します。
1590年の小田原攻めにより、松平氏(徳川)は関東に移りますが、その後は田中吉政が城主となります。関ヶ原後は本多康重が5万石で入ります。この本多氏の時代に近世城郭としての岡崎城の形が整います。

 天守閣の写真が、木々に遮られてなかなか撮れませんでした。
昭和34年鉄筋コンクリートで再現された天守閣です。雑誌に載っている天守の写真は上空から見ているものが多いです。
 写真は本丸の石垣です。天守付近が少し高いのが分かります。
 大手門、天守と比べると新しいものです。ここを本丸の方へ入っていくと、二之丸跡に「三河武士の館家康館」があり、松平家の歴史の展示があります
 1542年徳川家康はこの城で生まれていますが、写真は家康が産湯を使ったという井戸です。坂谷曲輪内にあります。

 参考 現地説明板等
     「日本の名城・古城もの知り事典」(小和田哲男監修 主婦と生活社)



城の目次へ戻る