高根城

所在地  浜松市天竜区水窪町地頭方
見学日  2011年1月30日  近くに駐車場があります。2回行きました。 

 高根城は発掘調査を行い、その結果に基づいて建物や堀・土塁等を復元した中世の山城です。
高根城はこの地方の領主奥山氏が15世紀前・中期に築城したと考えられています。奥山氏は戦国時代には守護大名の今川氏に帰属していましたが、今川家が滅び、武田氏が進出してくると武田方に帰属します。高根城は武田氏が遠江・三河へ侵攻する重要な拠点となるために、元亀2年(1571)頃か、又は長篠の合戦に敗れた武田軍が大改修したと考えられます。
天正4年(1576)には武田氏はこの地を失い、高根城は廃城となります。「城のつくり方図典」(三浦正幸著 小学館)より書いています。 

    この日は雪が降っていました。こちらは本丸側の大手道です。前回来た時には今回と反対方向の三の曲輪から登りました。
大手門とその後ろに高さ8メートルの井楼が立ち見張り台とともに大手口から来る敵を攻撃できるようにしています。
    二の曲輪から見た本曲輪です。
    搦め手門を入った所から見た本曲輪です。本曲輪からは礎石を持つ細長い建物1棟、掘立柱の建物1棟があることが分かりました。掘立柱の建物は、その8本の柱穴は少し内向けに傾けて立ててあり、しかも高層の建物であるため井楼と判断されました。
    高根城は中世の山城をほぼ丸ごと復元しています。復元の土木工事として本曲輪の西側の土塁の復元や曲輪の崩壊したところの修復と、土塁や堀が雨水で浸食されないように芝を張りました。土塁は写真のように急斜面なので結構大変な工事だったようです。
    写真は三の曲輪を城外から見たところです。手前の白い所が雪の積もった土塁で、2重堀切になっています。

参考 「城のつくり方図典」(三浦正幸著 小学館) 

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