小山城

所在地  吉田町片岡
見学日  2011年3月17日

 小山城は戦国末期の平山城です。今川氏の没落後、武田氏と徳川氏は大井川を境として、それぞれ駿河と遠江を領有することとなった。遠州進出を企てた武田信玄は、徳川方の小山城を攻略し、元亀2年(1571)改築して小山城と命名し、大熊長秀を城主とした。徳川軍はこの城を攻め取ろうとして十余年にわたり激しい戦いがくりひろげられたが、天正9年(1581)の高天神城の落城により、遠江の武田方の勢力が駆除され、ついに天正10年(1582)2月城兵は小山城を退去することになりました城はこれ以後は廃城になりました。

    展望台となっている模擬天守です。小山城跡は公園となっていて、能満寺には駐車場もあります。この模擬天守のあるところが二郭です。
もちろん武田氏と徳川氏が争っていた頃には、このような天守閣はありませんでした。
    模擬天守閣の展望台の上から、復元された丸馬出しを見たところです。向かって右側が主郭で、丸馬出しの右側には橋が掛けられていますが、当時は土橋だったのでしょうか。
    二郭前面にある三重の三日月堀です。空堀の中に仕切りの土塁を二重に入れているとも、あるい丸馬出しの前面の堀を二重にしたとも見えます。この城の一番の見所です。
    二重の土塁が見えるような写真です。
    勘助井戸と云われている井戸跡です。武田家の軍師山本勘助の声がかかっていると伝えられているそうです。

参考  現地説明板  「静岡の山城 ベスト50を歩く」(加藤理文・中井均編 サンライズ出版) 

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