韮山城

所在地  伊豆の国市韮山
見学日  2007年6月9日 

 

 韮山城は、伊豆の堀越公方の家臣が築いた城ですが、後北条氏の初代北条早雲の城として有名です。明応2年(1493)に北条早雲は伊豆韮山の堀越公方を滅ぼして伊豆に進出した。明応9年ごろには、堀越公方の御所のあった場所から東の丘陵に韮山城を築きました。そして間もなく伊豆1国を支配下に治めます。その後北条早雲は相模に進出しますが、後を継いだ北条氏綱は本拠を相模の小田原に移します。韮山城はその後も、伊豆支配の拠点として、今川・武田氏に対する守りの要として重要な城でした。
天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原攻めでは、四万四千と云う大軍に囲まれたが、落城することなく小田原城とともに開城した。その後は徳川家の家臣内藤信成が城主として入ったがほどなく廃城となった。
 韮山城の東側には、幕末で有名な江川邸があります。

 

     韮山城の北西方向麓は現在でも御座敷と云われているが、韮山高校があるその辺りに北条早雲の屋敷があったと考えられている。
写真はその麓のすぐ上の3の丸です。
    写真は権現曲輪と2の丸の間にある堀切です。韮山城の曲輪は南北に並んでいます。
    写真は2の丸です。曲輪の周囲の土塁が残っています。
    写真は本丸の虎口になります。奥に見えるのが本丸です。
    本丸のさらに南側に塩蔵跡と伝わる小さな曲輪があります。

参考  現地説明板等  「静岡の山城 ベスト50を歩く」(加藤理文・中井均編 サンライズ出版) 

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