社山城(やしろやま)

所在地  磐田市社山  天竜浜名湖鉄道 敷地駅近く
見学日  2011年1月31日 

 社山城は、築城年代は良く分かりませんが、独立丘陵状の136メートルの頂上に立つ城です。
文亀の頃(1501〜1503)に斯波氏・今川氏の駆総の時代に斯波義雄が社山に在城していましたが、今川氏によって二股城へ追われたことが知られ、その後は今川氏の属城になったようです。
その後、今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に討たれた後は、今川氏は徳川・武田氏に領国を侵略され、社山城は徳川方の属城となったようです。元亀3年の武田氏の二股城攻めの頃には、社山城も武田氏に城となり、二股城攻めの拠点とされたようです。やがて武田氏が滅ぶと、境目の城としての役割を終え、1590年の家康の関東入封により廃城となったようです。  

    城の北側の道から城へ入る入り口です。左側の白い杭が案内になっています。
この道を進んでいくと堀切の案内板があります。「静岡の山城ベスト50を歩く」のP73の縄張り図の「堀切8」になるところだと思います。
    北の曲輪の上に登った所から、下の道路を見下ろしたところです。
切岸の急こう配と高さがわかり、守りを固めていることが分かると思います。
    本曲輪2にある神社です。
    二の曲輪の先にある堀切です。
社山城は本曲輪と二の曲輪の空堀、二の曲輪の大土塁など遺構は良く残っていて、城の規模も大きく見応えのある城です。

参考  現地説明板等  「静岡の山城ベスト50を歩く」(加藤理文・中井均編 サンライズ出版) 

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