白鳥城

所在地  富山市呉羽町
見学日  2009年9月13日 

 白鳥城は富山城の出城として、神保長職が、天文から永禄年間の頃に築かれたと思われる。その後神保・椎名氏が没落して上杉氏が越中の東半分を支配するようになる。この頃には越中の一向一揆が上杉氏と争っていた。
天正13年(1585)には、豊臣秀吉が前田利家らを率い、佐々成政を征伐するために越中へ入った際には、この城が秀吉方の本営となった。佐々成政は秀吉に降伏した後には、前田家の将がこの城に入るが、やがて詰めの城として平地の安田城へ移った。白鳥城は慶長4年までは存在していたと思われる。
以上は「日本城郭体系7」(新人物往来社)から書いています。

 

    白鳥城は富山市内に残る唯一の山城遺構だそうです。城跡は写真のように整備されています。
写真は本丸の北西にある北二の丸です。
    写真は本丸の北にある本丸北郭です。以下の郭の名前は、現地の案内板に合わせて書きます。
白鳥城は眼科に富山平野を一望できることから、富山城に籠る佐々軍に対する秀吉の本陣となったと思われます。
    本丸から西一の丸へ降りる急な階段です。
    本丸のすぐ下にある、西一の丸です。
    写真の先にある小さな平場は、西出丸です。白鳥城の一番南側に位置します。
    本丸の東側のすぐ下にある二の丸です。

参考  現地説明板等   「日本城郭体系7」(新人物往来社)

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