岩殿城           


見学日 2002年11月30日 歴史探検倶楽部(講師は外川淳氏)
所在地 山梨県大月市

 大月駅の北東に位置する、岩山の絶壁の上にある城です。下から見ると、あんなところに城が築けるのかと思うほどに凄い場所にあります。小山田氏の居城であるが、ここを本拠としたのは1532年と云われています。武田勝頼が織田氏の攻撃を避けるために、本拠の新府城からこの城を目指すが、小山田氏の寝返りにより、天目山にて自害し、戦国武田氏は滅びます。もしこの城まで来ていたら、どうだったでしょうか?興味が湧きます。

 正面に見えるのが、岩殿山で岩山全体が城となっています。麓から見ると険しい岩山で、まるで登れないような険しさです。
平安時代には、山頂には山岳修行為の寺院があったと云われます。
 山の中腹にある岩殿公園の展示館で、城の遺構ではありません。中に入って展示品を見ましたが、城に関する展示品は何もありませんでした。
この建物の隣には、見張り台跡があります。
 両側が巨大な岩石で出来ている揚城戸跡。岩山の間の狭い通路で、多人数の進入を防いでいる。講師の先生の説明では、「岩殿山城は小山田氏の城」という定説は、縄張りの検証によって覆されたと云います。武田氏の直轄の城だったのではないかと云うことです。そのため、武田勝頼は新府城からこの地を目指したのではないかと・・・・。
 上から見るとその高さが実感出来ます。下に流れているのは相模川で、城の外堀の役目をしていました。
 山頂の烽火台あたりから、帯曲輪・馬場方向を見る。

参考 現地説明板等



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