甲府城            


見学日 2002年6月22日 家族・ 2004年5月29日単独
所在地 山梨県甲府市丸の内

 甲府駅のすぐ側にあり、高くそびえた石垣が目立ち、電車の窓からよく見えます。私が行った時にも、復元された石垣・建造物がありましたが、現在も復元工事が行われていました。本丸曲輪の高い石垣は見事です。
この城の石垣は、三の丸、二の丸、本丸と一段ずつ高くなっている一二三段です。
 この城は武田氏が滅んだ後に、豊臣系の大名によって築城され、浅野長政・幸長親子の時に完成されました。関ヶ原の戦いの後は、徳川氏の城となりました。1664年、城は大改修されました。その後、1704年に柳沢吉保が新たに城主となり、城と町を大きく整備しました。1724年に柳沢氏が大和郡山城に転封されてからは幕府の直轄領となり幕末まで続きます。

 北側から工事中の甲府城を見る。残念ながらこの日(2002年6月)は、ここからは入れませんでした。工事の完成が待ち遠しいです。
2004年5月に再び行きましたが、今度はこちらから入りました。入口を入ると稲荷曲輪になりますが、公園化していて芝生を根付かせていました。
      2004年4月にオープンした稲荷櫓です。写真は道路側から見たところです。中に入って見学することが出来ます。2004年5月29に入った時には、木の香りがしていました。建物入口の石段は1段1段がかなりの高さになっていて大変歩き難かったのですが、調査などによって忠実に復元しているためとのことです。
 階段を上って二階に行くと、甲府城の模型が展示してあります。
 本丸曲輪に入るところ、高い石垣です。甲府城の本丸の石垣は、表面の色が黒いですが、石材のためなのでしょうか?
 天守台と天守台への入口ですが、柳沢時代には天守閣はありませんでしたが、発掘調査に依れば、豊臣期には天守閣が存在したそうです。豊臣期の特徴である金箔瓦が何枚も出てきたそうです。
 鉄門近くの切り立った高い石垣が見事です。甲府城は中山道と交わる甲州街道上にあり、江戸の西の守り口として重要視されていたため、関東では珍しく総石垣の城郭となったようです。また江戸城が攻撃された場合の避難先としても考えられていたようです。

         

参考 「城郭と城下町 4」(小学館)
    「復元模型で見る日本の城 上」(織豊期城郭研究会編 学習研究社 2004年2月7日)
    現地説明板等



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