福知山城          


見学日 2001年5月12日 単独
所在地 京都府福知山市

 当時横山城と言っていたこの城を、1579年丹波攻略を進めていた明智光秀が攻め落とした。その後明智光秀が大改修を加え、名も福知山城とした。山崎の合戦に明智光秀が豊臣秀吉に敗れると、丹波は秀吉の養子の秀勝の所領となります。
関ヶ原後に有馬氏が城主となり、城の改修と城下町の整備を行った。歴代の城主では、1648年稲葉紀通が家臣や通行人を殺すという事件を起し、改易されている。

 一見すると城の遺構と思ってしまいますが、本丸のすぐ隣にある福知山美術館です。
 表通りから本丸天守を見ると小高い丘にあることが分かります。
天守閣の中は郷土資料館になっています。
 福知山城の天守閣。本丸には豊岩の井という、直系2.5メートル、深さ50メートル)という大変深い井戸があります。城郭内の湧水の井戸としては、日本一の深さです。
 本丸には銅門番所がありますが、これは元々は二の丸の登城路にあったものですが、昭和59年の天守閣の再建に伴い本丸に移転されたものです。
 天守台の石垣は野面積みで、穴太積みといわれる積み方で自然石を利用しているが、その他にも五輪塔や石仏、石臼、灯籠などが使用されています。
役立つものを何でも利用した、合理的な考えが読みとれるような気がします。
 伯耆丸で、本丸から少し離れたところにある郭です。かなり大きい郭で、現在は運動場になっています。

参考 定本日本城郭事典(西ヶ谷恭弘編 秋田書店)
    現地説明板等



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