鹿背山城

所在地  京都府木津川市鹿背山  西念寺の所が登り口になります。
見学日  2011年5月26日

 NHK教育テレビ「にっぽんの名城」(講師 千田嘉博)2011年に放映されて有名になった城です。以下はこの時のテレビテキスト(P126以下)から書きます。
城の縄張り図を描く読むということでこの城が取り上げられています。
鹿背山城は、中世に地元の領主であった木津氏が築いたのがそのはじまりであった。その後永禄5〜11年にかけて松永久秀が大修築したと推測されます。木津の町には、当時松永久秀と争っていた三好三人衆の一人三好政康も城を築いていましたので、鹿背山城は最前線の境目の城でした。
当時の層が書いた日記によると、永禄11年(1568)、毛見のため木津に赴いていた興福寺の使者が、三好政康の軍勢と遭遇したため、鹿背山城に逃げ込んだと書かれているそうです。奈良の興福寺はこの時代までも、自分の寺領を持ち支配していたのでしょう。

   城の登り口の西念寺へ向かう道です。鹿背山城の南西方向に西念寺があり、そこから城に登ります。
鹿背山城は南都興福寺の北方防御の拠点として、15世にしばしば登場するそうです。城のあちこちに案内表示があり、また城跡も整備されて歩きやすくなっています。
   西念寺から登り始めると、写真のような段々になっている曲輪が道の左手に続きます。この道が城の大手道です。
    U主郭と表示されてる曲輪です。テレビテキストの縄張り図では、曲輪Uとなっているところです。
現地の案内板では、T〜Vの3つの曲輪がすべて主郭と云う表示になっています。
    V主郭です。南東方向に続く峰にT、U、Vと高さがほとんど同じ曲輪が並んでいます。
    T主郭です。3つの曲輪の内一番広い曲輪で、ここが城の中心になる曲輪です。山城を築く目的として、敵が攻めてきた場合、攻めにくい山に籠って敵の攻撃を防ぐとともに、避難する場所でもあります。

現地説明板等  NHK2011年テレビテキスト「にっぽんの名城」 

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