宇陀松山城

所在地  奈良県宇陀市大字宇陀区春日  春日神社の方から登りました。
見学日  2011年5月27日

 「日本の名城都道府県別ベスト10」(歴史読本2009年5月号)では、奈良県の第7位に入っている城です。地元の豪族秋山氏が城を築いたのが始まりと云われています。そのため秋山城ともよばれています。
「日本の名城都道府県別ベスト10」では以下ように紹介しています。宇陀松山城は発掘調査により、豊臣期に高石垣を持つ本格的な山城に改修されたことが判明。豊臣秀長の大和支配を確立する為、秀吉側近が派遣された。麓には近世から近代の街並みが良く残り、重要伝統的建造物群保存地区として活用されている。

    登り口が分からず、大宇陀歴史文化館の人に教えてもらいました。春日門跡があり、石垣、説明板があります。
この春日門は、町人地と武家地・城館とを分ける虎口でした。そこを矢印に従って進むと春日神社になり、さらに進んだところが写真です。
    さらに進むと、空堀です。攻撃しやすいように曲がっています
城へ進む道に沿って曲輪があり、そこから攻撃を受けるようになっています。
    御加番曲輪へ入る前の虎口です。規模が大きく遺構もよく残り、見応えのある素晴らしい城です。
城跡にはビニールシートで覆われたところが何か所かあり、石を積み直して整備しているようでした。
    石垣が見えますが、打ち込みハギの石のようでした。石積みは至る所に見られます。
    本丸です。写真の通りに山の上ですが、かなり広くなっています。
奥のところは一段高くなっています。そこに碑があります。
    本丸から南東方この二の丸を見たところです。本丸東側には大御殿曲輪があり、本丸南側は帯曲輪になっています。
    二の丸から本丸を見たところです。
本ある下の石垣、整備用のビニールシートがあちこちに見えます。
主要部分は木々も無く、山城にしては一つ一つの曲輪も大きく、見応え充分の城でした。

参考 現地説明板等  「図説 近畿中世城郭辞典」(2004 城郭懇話会) 

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