鏡山城

所在地 東広島市西条町
見学日 2010年10月13日 

 山口の守護大名大内氏が安芸国支配の拠点として築いた山城です。応仁の乱の頃は細川氏との接点になっていたため、この城をめぐり戦いが行われました。戦国時代には大内氏の代官が在城していました。
大永3年(1523)勢力を伸ばしてきた出雲尼子氏がこの城を攻め落としましたが、同5年大内氏が奪い返します。その後はこの地方の拠点は、杣城・槌山城へ移され鏡山城はその役割を終えました。 

 

    城跡周辺は鏡山公園になっています。麓の駐車場には多くの車が駐車していました。子供や家族連れなどの多くの人がいました。公園の目の山が鏡山城ですが、さすがに登る人はほとんどいませんでした。私が上り下りしてすれ違った人は、たった1人でした。
 写真は5郭で2郭に次ぐ大きさで東西約30メートル、南北約15メートルの大きさです。
    写真は2郭の南側の下にある、細長い3郭(通称馬のタバ)です。通称の「馬のダバ」とは、3郭が城の南側(干支で云う馬)に位置する段場から付いた名前です。南側斜面には畝状の縦堀があります。
    通称「中のタバ」とよばれる2郭です。東西約50メートル、南北約15メートルと鏡山城では郭一番大きい郭です。
山の上にありますが、井戸が2つあります。
    1郭です、城の中では最も高い位置にあります。礎石建物がありましたので通称「御殿場」と呼ばれています。

参考 現地説明板等 

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