小倉山城

所在地  広島県北広島町新庄字小倉山小倉山
見学日 2010年10月12日 

 小倉山城は、15世紀から16世紀前半にかけて吉川氏が本拠とした城です。毛利元就の妻となったおもと(法名妙玖)は、この城の城主吉川国経の娘です。吉川家は後に毛利元就とおもとの次男元春が14代吉川興経の養子となり吉川家を継ぎます。吉川元春は猛将と云われ、小早川家を継いだ弟の隆景とともに毛利両川として、毛利家を継いだ隆元その子輝元を助けて毛利家の中国地方を制覇を助けます。
天文19年(1550)、吉川元春が日野山城を築いて居城をそこへ移すことにより小倉山城もその使命を終わります。

 

    小倉山城には、北側に大きな駐車場があり、休息所、トイレなどもあり、戦国の城にしては珍しくとても整備されている城です。
写真は北側の駐車場から登り始めて約10分の所にある、2の丸城郭群の中心部分です。
    写真は本丸郭郡の中心部分です。ここは城内で最高所の場所で、掘立柱造りの建物が2棟ありました。2棟とも2間、2間の広さの建物でした。最も高い場所にあるため見張所として使われた可能性があります。
    上の写真のすぐ下にある本丸郭群です。郭の東側と西側を区画する為に、土留めの石積みがしてあります。
    上の写真の本丸郭郡の入り口で、ここに門がありました。
    城の本丸郭群の東側から三の丸へ通じる登城路の備えとして造られた土塁と考えられています。登り土塁になっています。

参考 現地説明板 

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