須崎台場(土佐藩砲台跡)

所在地 洲崎市中町2丁目 

見学日 2010年6月19日 

 須崎台場は文久3年(1863)7月に着工し、1カ月半の短期間に完成した。
須崎には、西、中、東の3か所に台場が築かれたが、そのうち現存するのはこの西台場のみである。規模は最大で長さ116メートル、砲門7座、内側に砲弾室が7か所あったが、明治初年埋められた。明治40年に洲崎町が払い下げを受け、公園として保存してきた。
この台場は実戦の経験は一度もないが、慶応3年(1867)、イギリス水夫殺害事件の犯人を海援隊士と見て、土佐藩と直接交渉するため軍艦で須崎に入港し、坂本龍馬も須崎に来航して外国交渉の舞台となった。(現地説明板より)
 

 

   台場は直径約120メートルの半円形の塁壁によって守られている。
    台場の土塁上の凹部に大砲が設置された。台場は今は西浜公園となっている。
    台場の内側は写真のように石垣で造られているが、外側は土塁で造られている。これは石垣に敵弾が命中すると思わぬ方向に石が跳ね返る恐れがあるためである。

参考 現地説明板 「名城を歩く8 高知城」(PHP研究所) 

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