座喜味城

見学日 2003年11月20日 近畿日本ツーリスト歴史倶楽部
所在地 沖縄県読谷村座喜味

 座喜味城は、15世紀の初め琉球の名築城家として知られる護佐丸が築いた城です。護佐丸は座喜味の北にある山田グスクに居城していたが、1416年の今帰仁城攻略に参戦した直後、座喜味に築城したと云われる。当時の護佐丸は、喜界島・与論島・沖永良部島までを治めていたと云われ、座喜味城を築く時にはこれらの島からも人夫を集め、それぞれの分担区域を決めて多くの人で城を築いたと云われます。
 城は1973年から発掘調査を行い、それとともに城壁などの修復工事も行いました。規模は大きくありませんが、大変に美しい城です。

 座喜味城は、名護層が風化した赤土から出来た台地の上にあります。台地は標高120メートル位で、2つの郭から出来ています。写真は二の郭のアーチ門です。城門周辺の石積みは、「布積み」と云われる積み方ですが、その他の部分は「相方積み」と云われる積み方をしています。
 写真では分かり難いですが、アーチ門の上にはくさび石が使われています。これは他の城では見ることが出来ないために、この城のアーチ門はもっとも古いものと考えられています。言い伝えでは、このくさびを外すとたちまちアーチ門の城壁は崩れ落ちると云われているそうですが、くさび石とくさび石の間は小石が入っているそうで、崩れ落ちることはなさそうです。
 二の郭のアーチ門を入って、正面左側の通路のようなところを進んで行くと、その先(写真左側)は行き止まりになります。この間、右側の高い城壁(一の郭)から攻撃を受けるようになっています。この通路はやや下り坂になっていますので、侵入した敵は後から流れ込むように続いてくると思われます。
 一の郭のアーチ門です。城壁は、曲がりくねった美しい曲線になっています。曲線にすることで、石垣の城壁が強くなるそうですが、アーチ門に迫る敵を色々な角度から攻撃出るようになっていると思われます。
 一の郭の城壁ですが、左側に石積みの跡があります。おそらく1メートル位の石積みの壁が、あったのだろうと思います。城兵はその壁の内側から攻撃出来るようになっていたのでしょう。ガイドの方の話では、壁の高さが不明なため復元しなかったそうです。
一の郭には、間口約16メートル、奥行き約14メートルの建物がありました。瓦は発見されなかったので、茅葺きか板葺きの屋根だったようです。

参考 「沖縄の城ものがたり」(金武正紀ほか著 むぎ社発行)
    現地説明板等
    現地ガイドの方の説明

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