日出城(暘谷城)

所在地 大分県日出町  日出小学校が日出城の本丸になります。
見学日 2013年12月2日

 別府湾を望む岸の上に築かれた城です。 日出城は豊臣秀吉の妻の実兄の木下家定の3男木下延俊が、慶長6年(1601)から翌年にかけて築城しました。
本丸は南北約110メートル、東西約60メートルで海に面した南側以外は堀で囲まれていました。完成した当時は、天守台には3重の天守があり、また櫓など7棟が建っていました。
木下家は築城以来、続き明治維新を迎えます。
現在は本丸が日出小学校、二の丸が日出中学校になっています。
当日は本丸のまわりを一周しましたが、藩校致道館もありました。ただその門は痛みが進んでいるようでした。

 

 日出城本丸の空堀です。手前が本丸へ入る大手道で、大手門は写真左手にありました。
写真のように本丸の石垣は良く残っています。
 日出城の石垣は、細川忠興の家臣、安生理右衛門の指揮によって築かれたと云われます。
安生理右衛門は、近江の石垣造りの穴太衆の一員であると云われています。
 写真は本丸の東側にある搦め手口(裏門)の石垣です。手前の道入った所に門があったと云われます。
写真で鐘が建っている所には、裏門櫓がありました。
 写真は搦め手道から本丸の東側の石垣と堀を見たところです。
石垣の右手奥に一段張り出して高くなっている石垣が天守台です。
石垣の下には犬走りが出来ています。
 写真は日出小学校のグランド側から天守台を見たところです。
天守台は本丸南東の隅にあります。
 本丸の南側の石垣で、海に面しているところです。

 参考 城内の説明板等 「定本日本城郭事典」(西ヶ谷恭弘編 秋田書店)

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