震災後の長岡・小千谷

 2005年10月15日に、第5回歴史シンポジュウム長岡歴史会談「戊辰戦争とまちの復興」を聴きに、長岡へ行って来ました。その際長岡・小千谷の史跡を少しばかり見学してきました。見学時間は当日の午前中だけでしたので、限られたほんの僅かなところしか見ていません。中越地震からほぼ1年後の様子をここで紹介します。
市内のあちらこちらで寺院や道路などの工事を行っているのを目にしました。榎峠のあるトンネルのところの道路は現在も工事中で、通行止めです。また、激戦地の朝日山へ登る道路も通行止めになっているそうです。

 河井継之助の墓がある栄凉寺(長岡市)です。
ここには河井継之助だけでなく、三島億次郎や長岡藩主の牧野家代々の墓の一部や小千谷談判に河井継之助の護衛として行った二見虎三郎の墓などもあります。

 ご覧の通り本堂は修理中です。江戸時代後半に起きた大地震の慰霊碑も倒れたままでした。
 小千谷にある船岡山の官軍墓地です。2005年の4月23日に行った際には、墓のほとんどが倒れてるか位置がずれていました。現在は、ご覧のように地元のボランティアの方々等(被災されて自宅に被害のある方もいるそうです)により修復されていました。
 官軍墓地の隣の見晴台ですが、こちらはまだまだ整備されていません。
ここからは、小千谷市内がよく見えます。
 船岡山公園へ登る石段です。左側の青いところがブルーシートで覆われ、工事中です。来年の3月4日に工事終了の予定です。交通止めになっていますので、登る際には反対側からになります。
 小千谷市内の慈眼寺です。ここで有名な小千谷会談が行われたその会談の部屋がありますが、今回の地震で大きな被害を受けました。この本堂の修復工事は年末までにメドがつくそうですが、内装まではまだまだ時間が掛かるようです。


 慈眼寺の山門です。ここも被害を受け現在も通行止めになっています。


修復工事などがよく分かる慈眼寺さんのホームページもありますので見て下さい。
 小千谷にある料亭東忠です。建物の修復は終わり営業も再開しています。しかし写真で分かるように庭などの整備はまだまだ時間が掛かるようです。

こちらで小千谷会談後に、遅い昼食を河井継之助が黙々と食べたと言われる部屋があります。

東忠さんのホームページもありますので見て下さい。

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